介護におけるADL向上への留意点について

ADLは、高齢者や障がい者の日常生活レベルを知るための重要な指標です。ADL低下によって廃用症候群や寝たきり、認知症などが引き起こされ、さらなるADL低下、老化の加速という負のスパイラルが発生します。超高齢化社会を迎えた現代の日本で、一人ひとりの被介護者のADLの向上は、これからの充実した介護を目指すために必要不可欠となるでしょう。

ADLとは何か

内閣府が公開した「令和3年版高齢社会白書」によると、2016年度の要介護者の発生率は、65~74歳で2.9%、75歳以上では23.0%と加齢とともに急速に増加しています。

介護量を判定するためにも用いられる ADL(Activities of Daily Living、日常生活動作)とは、人が日常生活を送るために必要な最低限の動作のことをいいます。ADLには、BADLとIADLの2種類があります。

  • BADL(Basic Activities of Daily Living):

起き上がり、歩行、階段昇降、食事、排せつ、更衣、整容、入浴などの、日常生活を送るためのごく基本的な生活動作を指します。

  • IADL(Instrumental Activities of Daily Living):

買い物、洗濯、掃除、服薬管理、金銭管理、電話の使用、書類への記入、公共交通機関の利用、趣味を楽しむなど、 BADL よりも高次の日常生活を円滑に送るための動作を指します。 

これらの2種類のADLには、バーセルインデックス(Barthel Index)という評価指標があり、項目を判定・記入することで被介護者の自立度を評価することが可能です。評価された自立度が低いほど、介助の量が多く必要となります。評価は、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士のもとで行われます。

参考:

ADLを低下させる要因と影響

日常生活を送るうえで基礎的な動作であるADLの低下は、自身の生活を維持することが困難になることを意味します。ADLの低下は、急激に起こるというよりは少しずつ進行するものです。生活習慣病、血管や心臓の疾患、神経疾患、関節疾患、精神疾患、最近ではコロナ禍が引き起こした行動範囲の狭まりなどにより、身体機能や認知機能の低下が起こることから始まります。さまざまな機能の低下を感じることで、気力や精神面に影響が出て、社会へ接する機会の減少へつながります。身体機能、認知機能、精神面、社会環境のバランスが崩れることが、ADL低下を引き起こす要因となるのです。

  • 身体機能の低下:

筋肉量、骨密度、内臓機能の低下を指します。進行すると疲れやすくなり、運動能力や食欲が低下します。また、ボタンかけなどの細かい動きがしづらくなります。

  • 認知機能の低下:

脳の働きが低下することにより、記憶障害や、自分のおかれている場所や時間がわからなくなる見当識障害、行動の段取りなどがうまくいかなくなる遂行機能障害が起こり、コミュニケーションがうまくいかなくなります。

ADL低下が進行すると、被介護者の活動量がより減少することで、身体、脳の活性がさらに低下し、コミュニケーション能力も低下します。社会とうまくなじめなくなり、廃用症候群、認知症、寝たきりにつながることが危惧されるのです 。

参考:

ADL向上へ向けて介護者が気をつけるポイント

被介護者と向き合う毎日のなかで、ちょっとした工夫や心がけで、円滑な介助を目指すことができます。被介護者が自分らしく過ごせるようにサポートすることで、笑顔あふれる環境を生み出せるでしょう。

優しく寄り添うサポート

今までできていたことが徐々に、または急にできなくなることの恐怖は、計り知れないものがあります。老化が進めば、だれにでも起こりうる不安な気持ちに、まずは優しく寄り添うことが必要です。状態には個人差があるため、一人ひとりに合わせて寄り添うことはとても難しいかもしれません。しかし、日常の動作を見守られ、支えられているという安心感を与えることができれば、コミュニケーションを活性化できるでしょう。一人ひとりの生活様式を認知することで、介護者は環境の整備とサポートをより的確に行え、その結果、ADLの向上に貢献できます。 被介護者にとっての毎日がより充実した、希望の持てる理想的な日々になるでしょう。

QOLとADL

近年では、ADL向上とQOL(Quality of Life)という概念を結びつける介護が注目されています。QOLは、物質的にではなく、心身的に満たされることに価値をおくため、ADLを向上させる一助となることが期待されているのです。

これは、被介護者の気持ちを尊重したサポートをすることによって、被介護者が生き生きと毎日を送ることを理想としています。被介護者の意思を尊重しながら、できることは自力で行ってもらうサポートは、一人ひとりの個性を生かすことであり、実は、意外に簡単なことではないかと考えられます。

一般的に、人間の尊厳を保ちながら生活ができるように仕向けていく工夫のひとつに、「人の役に立つ」ということがあります。被介護者は、仕事や子育てなどのさまざまなかたちで社会に貢献した人生の先輩であり、労働の喜びを知っています。無理のない範囲のちょっとしたお手伝いが、目に見えて他人の役に立っていることがわかると、達成感や自信を覚え、日常生活への意欲もわくでしょう。そのような自信が他人とのコミュニケーションを増やし、社会とのつながりを深めるようになるのです。例えば、施設のテーブルの上に折り紙でゴミ入れをつくってもらう、お惣菜を短時間で作る知恵を教えてもらうなど、小さなことでよいのです。たとえADLが低い状態でも、QOLを高めることによって 満足した毎日となり、それがADL向上の役に立つことが期待されます。

認知症の被介護者のADL向上のポイント

認知症患者数は急速に増加しており、2025年には推計で約675万人になるともいわれています。現在、被介護者のなかでも認知症患者の割合は高いと考えられます。認知症のケアの基本は「その人らしさ」を見つめることです。つまり、ひとりの人間として認めること、尊重することが求められているのです。そのために必要なのが、BPSD(行動・心理症状)に応じたケアです。

BPSDとは、周囲とのコミュニケーションがうまくいかないときに、不安やいら立ちにより起こる暴力や暴言、不安、抑うつ、睡眠障害、幻覚、錯覚などの症状 を起こすことをいいます。これに応じたケアをするにはまず、BPSDに心を傾け、被介護者の心の叫びを感じとることが大切です。例えば、被介護者のBPSDの出現が多い時間帯やタイミングを分析し、パターンに合わせてケアを集中させることで、症状の出現を軽減させることが可能です。BPSDは介護の負担が非常に高い症状ですが、一人ひとりの被介護者への対応のコツをつかみ、軽減させていきましょう。

できる限り見守れる環境を

ADL向上のために、必要に応じてリハビリテーション(理学療法、作業療法、言語療法)や合併症などの治療も行っていきます。身体機能的にできる動作でも、環境が邪魔して物理的にできない状況とならないように、一人ひとりの動作を正しく評価する必要があります。その際のポイントは、被介護者が自身でできる動作を妨げないよう見守り、できる範囲で自分のことは自身で行えるようにサポートしていくことです。被介護者が希望を持って、積極的にADL向上に向かって取り組むようなサポートが介護者に求められているのです。被介護者によって異なる対応が必要になるため、とても根気がいりますが、非常に重要なケアであるといえます。

参考:

ADL向上事例

日々の介助を工夫することで、ADLが向上したケースを紹介します。毎日のちょっとしたひと手間や心遣いが介護者と被介護者の信頼関係を生み、双方から状況をよくしようと歩み寄りを感じさせる事例もあります。参考にしてみてください。

口腔体操を取り入れ常食を目指した事例

当時のAさんの食事の仕方は、開口気味で唇をきちんと閉じることができず、唾液の流出がみられる状況でした。咀嚼せず、丸飲みするため食事のペースが速く、喉詰まりや嘔吐、誤嚥のリスクが高まっていました。そこで義歯を調整し、カラオケの歌詞を「パ・タ・カ・ラ」に置き換えて歌う「パタカラ体操」、「ブクブクうがい」、「タオルを噛むトレーニング」、「職員とのお話の機会を増やす」、「読みやすい絵本の読み聞かせをお願いする」などの取り組みをした結果、咀嚼力が向上し、喉つまりや嘔吐も起こらなくなったということです。一つひとつの取り組みは小さくとも、組み合わせて楽しみながらコツコツと続けることにより、ADL向上が達成できたということです。被介護者の義歯は不適合なものを使用している場合が多く、被介護者の様子をよく観察することによりサポートしていく必要があるようです。

作業による生活行為の向上の事例

施設の芝生のスペースに「パークゴルフ場」を建設するという作業活動を、被介護者に提供しました。期間は2か月間を使用し、コース設計、資材購入、工具の選定、実践などのすべてを被介護者が実施しました。このチャレンジにより、従来のサービスでは見ることのできない被介護者が本来持つ「動作」を引き出し、生活行為を向上させることに成功したということです。

心の奥にある気持ちを引き出した事例

入所当時は寝たきりで褥瘡もあり、食事介護も必要な状態であったBさん。感情の起伏も激しく職員に怒りをぶつけることもあり、慎重な対応が必要でした。介護職員たちは「イライラの原因は自分で自由にできないことが原因ではないか」と考え、以前の生活リズムや習慣を取り戻す介助を行いました。しばらくすると、Bさんは積極的にリハビリを行うようになってきました。また、義歯の不具合を直すと会話や食事もスムーズになり、口元がすっきりしたそうです。「男前ですよ」など、職員からの声掛けで気持ちも明るくなり、生活にハリが出てきたそうです。Bさんはもともとおしゃれで、そこをほめられたことも大きな出来事だったのでしょう。介護職員が被介護者が若い頃どんな人生を歩んできたのか、好きなことはどんなことなのかなどを考え、本人も気づいていないような心の奥にある気持ちを引き出したことが生活の向上に役立ったと思われます。

参考:

 

超高齢化社会をゆとりある社会へ

被介護者の生き生きとした暮らしを目標として、介護側はADL向上のためのサポートをしましょう。被介護者の生活の質が向上することは、結果的に介助量の減少を可能にします。慢性化した介護職員不足の改善にも役立つでしょう。これから進行する超高齢化社会を乗りきり、充実した社会にするために、介護者は大きな力と役割を担っています。ぜひ実行していきましょう。

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