介護者も被介護者もひとりにしない虐待対策

高齢者虐待とは、家族や親族、介護職員などから高齢者に対して行われる虐待行為のことです。よかれと思ってやったことが、介護者としての立場を逸脱してしまうことがあります。それがエスカレートして虐待につながる前に、未然に防ぐことが重要です。高齢者虐待についての相談、通報件数は10年前の約4倍と増加傾向にあります(2020年 厚生労働省調べ)。虐待は絶対にしてはいけないことと、だれしもわかっているのです。では、なぜなくならないのでしょうか? それぞれの立場から、一生懸命に業務に携わるがゆえに、介護者には、待ったなしの行動が必要なことも多いでしょう。どのようにケアすればよいか判断に苦しみ、追いつめられる現場で介護者をひとりにしない、温かくサポートするシステムづくりも必要なのです。

虐待の種類と深刻さの程度

令和2年度「『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」によると、養介護施設従事者等による虐待判断件数595 件が起こった理由の内訳として、「教育・知識・介護技術等に関する問題」290件(48.7%)、「虐待を助長する組織風土や職員間の関係の悪さ、管理体制等」132件(22.2%)、「職員のストレスや感情コントロールの問題」102件(17.1%)、「人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ」63件(10.6%)などが報告されています。

つまり、介護職員による虐待の半数以上が「教育・知識・介護技術等に関する問題」が発生要因となっています。虐待される高齢者には認知症をわずらっている人が多く、その症状であるBPSD(暴言・暴力・不潔行為・徘徊など)への理解不足も高齢者虐待に発展するとみられています。あってはならない虐待ですが、そこには根深い理由がありそうです。虐待の種類と程度の基準を正確に知り、対応していくことが必要でしょう。

まず、高齢者虐待には5つの種類があります。東京都福祉保健局のWebサイトでは、高齢者虐待の種類と程度について以下の情報が記載されています。

  • 身体的虐待

暴力的行為によって身体に傷やアザ、痛みを与える行為や外部との接触を意図的、継続的に遮断する行為

  • 心理的虐待

脅しや侮辱などの言葉や態度、無視、嫌がらせ等によって精神的に苦痛を与えること

  • 性的虐待

本人が同意していない、性的な行為やその強要

  • 経済的虐待

本人の合意なしに財産や金銭を使用し、本人が希望する金銭の使用を理由なく制限すること

  • 介護・世話の放棄・放任

必要な介護サービスの利用を妨げる、世話をしない等により、高齢者の生活環境や具体的・精神的状態を悪化させること

次に、虐待の程度は大きく3つに分けられます。

  • 緊急事態

当事者の自覚のあるなしにかかわらず、第三者から見て明らかな虐待と判断され、専門職による介入が必要な状態です。もっとも緊急を要する状況で、高齢者の生命にかかわるような重大な状況を引き起こしていることから、一刻も早く介入する必要があります。

  • 要介入

緊急事態と同様に、当事者の自覚のあるなしにかかわらず、第三者から見て明らかな虐待と判断される状況です。放置しておくと高齢者の心身に重大な影響を生じるか、そうなる可能性が高い状態であり、専門職による介入が必要となります。

  • 要見守り・支援

虐待かどうか判断に迷うような状態です。本人や家族への支援、介護サービスなどに、改善の余地のある場合もあります。介護の知識不足、介護負担の増加による不適切なケアや慣れにより生じる言動などは、放置すると深刻化する危険性があるので必要に応じた対処が必要です。

出典:東京都福祉保健局「虐待の種類と程度

高齢者虐待防止法とは?

虐待の事実がある、または虐待の疑いがあるときには、その事実を隠ぺいすることはあってはなりません。放置したり、もみ消したりしてしまうと、虐待をエスカレートさせて取り返しのつかないことになりかねません。必ず高齢者虐待防止法にもとづく対処をしましょう。この法律は直接刑事罰を与えるものではありませんが、虐待の状況によっては刑事事件・民事事件として立件される可能性があります。

高齢者虐待防止法とは、正確には「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」といい、2006年に施行された法律です。この法律には、虐待を見つけたときに通報する義務が課されています。通報することは「守秘義務違反」にはならず、解雇や不当な扱いを受けないことも明記されており、通報者を守る法律となっています。通報の義務にはふたつの種類があります。

努力義務:家族や親族などによる高齢者虐待を発見した者は通報するように努めなければならない。

義務:高齢者の命や身体に重大な危険が生じている場合、程度にかかわらず通報しなければならない。

通報は、市町村役場の高齢者福祉担当課、地域包括センターなどに対して届け出ます。虐待に対する事実確認や指導が行われ、再発防止策を練ることになります。通報は勇気のいる行動ですが、虐待に気づいたり、当事者や家族から訴えがあったりしたならば、隠ぺいすることなく通報しましょう。高齢者の生命と暮らしを守るために、正しい判断、行動が求められます。

虐待が起こったときの施設側と家族側の対処方法

虐待が起こったときには、どのように対応したらよいのでしょうか。具体的な対処法を種類別にまとめました。

虐待の事実がはっきりと認められる場合

施設側の対処方法:

明らかに虐待が確認される場合は、被介護者はすでにケガを負っている可能性があります。生命にかかわる可能性もあるため、被介護者の安全を確保したのち、医師の診察を受け、必要ならば治療を行います。発覚した直後に、虐待をした介護職員に事実関係の聴取をして、記録に残しておくことも大切です。そして、家族に事態を報告し、今後について相談します。その際の対応は、家族の意向に沿うようにしましょう。

家族への報告後は、高齢者虐待防止法にもとづき、市町村役場の高齢者福祉担当課または地域包括センターに通報し、積極的に行政の指示に従います。その際に防犯カメラの確認やほかの介護者から聴取しておいたり、虐待の具体的な内容や日時、回数などを記録しておくとよいでしょう。

通報を受けた市町村は都道府県に報告し、立ち入り検査等の監督処分権限を行使して、職員への聞き取り調査、被介護者の介護記録の確認を行います。また、日ごろの虐待防止への取り組み状況を調査し、サービスの改善に関する指導を行います。

なお、虐待をした介護職員は業務を担当させることはできません。シフト変更をして、サービスの質を落とさないように注意しましょう。

家族側の対処方法:

施設から虐待の報告を受けた場合、被介護者の身体状況や、周囲の環境などを確認し、警察へ通報するかどうかを決めましょう。警察への通報は法律では定めていないため、本人と家族の意向によって決定することができます。慎重に検討しましょう。施設側が虐待を確認してすぐに担当機関へ通報した場合、直接、担当機関からの連絡を受ける可能性もあります。通報後は、各担当機関の案内に従うことになります。

なお、面会などの際に家族が虐待を見かけた場合は、家族が直接、市町村役場の高齢者福祉担当課または地域包括センターに通報します。この場合、家族が行政担当者と直接連絡をとり、状況を説明します。

被介護者がおびえていることも考えられるため、被介護者と話ができる場合には、家族から安心させる言葉をかけることも大切です。

虐待の可能性が疑われる場合

施設側の対応:

まずは、虐待が行われているか否かを調査する必要があります。事実に基づかないうわさなどが流布するのを防ぐために、最初に虐待加害者と疑われる介護職員の聴取を行うことが理想です。ほかの職員による通報の場合は、まずは信頼のできる複数の職員から聞き取りを行いましょう。さらに、防犯カメラなどの客観的な証拠を確認したあとで、虐待を疑われる介護職員への聴取を行います。

聴取内容をもとに、いつ、どこで、だれが、どのように虐待を行っていたかを記録します。また、虐待を受けていた被介護者への聞き取りも行います。その際に、被介護者の認知の状態やケガの有無なども確認しておきましょう。ここで虐待の事実が発覚した場合は、速やかに担当機関に通報し、家族に報告します。通報・報告後は、担当機関の指示に従います。虐待の事実が把握できない場合は経過観察となりますが、被介護者、介護職員の様子をしっかりと継続的に把握していくことが大切です。

家族側の対応:

面会時に、被介護者がおびえている様子だったり、介護職員の態度が虐待ではないかと感じられたりしたら、市町村役場の高齢者福祉担当課または地域包括センターに相談や通報をしましょう。そのような場合には、虐待行為を裏づける具体的な証拠の用意がなくても、相談・連絡の義務があるとされています。虐待を感じたら、支援や介入につなげていくことが大切なのです。

参考:

高齢者虐待の対応事例

虐待はどのような場面で起きるのでしょうか。虐待の通報により再発防止策が講じられた事例を以下にあげます。

事例1 グループホームにおける虐待

通報者:ほかの入居者の親族 

虐待者:介護職員(40歳代 女性)

入居者Aさんは要介護2の80歳代男性で、認知症をわずらっており、怒鳴ったり、抵抗して暴力をふるったりすることがあったそうです。Aさんをある介護職員が叩いているところを、面会に来ていた親族が目撃しました。相談を受けた第三者から匿名で市役所高齢福祉課へ通報が入り、高齢福祉課からグループホームへの介入が始まりました。

Aさんの体にはあざなどはみられませんでしたが、複数の介護職員からの聴取により、虐待を疑われる介護職員が、強引に服を脱がせたり乱暴な声かけをしたりしていたことが確認されました。認知症の理解への浅さが虐待につながったと考えられます。

市はグループホームへ改善計画書の提出を求め、市による定期的な改善・是正状況の確認を行うことにしました。グループホームでは、職員の研修、虐待の報告窓口の設置、虐待をした介護職員の別部署への異動などを実施しました。Aさんの処遇については、職員がカンファレンスを実施しています。

事例2 特別介護老人ホームにおける心理的虐待

通報者:施設職員 

虐待者:介護職員(20歳代 男性)

入居者Bさんは要介護5の91歳男性で、認知症の程度はIVです。Bさんはオムツ交換時に介護職員を殴ろうとしたり、大声を出したりする状態でした。施設職員Cさんは、虐待を疑われる介護職員が、Bさんへ大声を出すなどの心理的虐待をしているところを見かけ、看護師長や施設長へ報告しました。しかし取り合ってもらえなかったため、Cさんは、市役所の高齢福祉担当課へ通報しました。

高齢福祉課が行った聴取によると、当該介護職員は「介助をしようとしても、うまくいかないとどうしていいかわからず、声が大きくなってしまった」と話していたそうです。また、ほかの職員からは「職員同士の話し合いの機会がない」、「だれに報告することになっているかわからない」などの情報も得ました。そこで高齢福祉課は施設長に対して、発生要因の分析、マニュアルの周知・研修の開催、報告体制の周知などの指導を行いました。

参考:

虐待防止策について

虐待か否かの線引きは、とても困難です。被介護者の被害妄想の場合や、被介護者を危険から守ろうとした結果傷つけてしまう場合もあるでしょう。被介護者の身を守ることは、もちろん重要です。しかし、現場で頑張っている介護者が、被介護者との介助がうまくいかないときに孤立無援になってしまうことがないようにしていくことも、虐待を未然に防ぐために重要です。

虐待防止策の取り組み例をいくつか紹介します。

  1. 職場研修などを通して、理念の共有をはかる。
  2. 被介護者の暮らしや習慣、好みを確認し、介助の状況か変わりそうなときに臨時で話し合い、認知症の人のその人らしさを大切にするための情報を得る。
  3. 虐待の芽に気づいたときに、職員間で声をかけ合い話し合える環境をつくる。
  4. 被介護者や介護者の状況に応じた研修を行う。
  5. 虐待の報告の流れを明確にする。また、マニュアルを決めることで再発防止に努める。
  6. 第三者の評価を生かし、家族や地域住民に虐待防止委員会に参加してもらう。
  7. 面接を実施して、職員の働きやすさを確保する。

日ごろから虐待防止の意識を確立し、介護者がけっしてひとりで苦しむことがないようにしていきましょう。介護者同士で日ごろから困りごとやストレスについて共感したり、声をかけ合ったりするなど、相談しやすい環境をつくることが必要です。

また、被介護者一人ひとりに合ったきめの細かい介助をすることで、その人らしさを引き出し、被介護者の人としての尊厳を守ることで、介護者、被介護者の間に信頼関係を築き上げることも重要でしょう。介護する側、される側、両方からの思いやりやぬくもりは、あるべき良い介護の姿であり、その結果、虐待防止に役立つことでしょう。

参考:

介護者も被介護者も虐待から守る

日ごろから介護者同士で被介護者の特性を共有し合い、介助で困っていることや悩みを相談できる環境はありますか? アイデアを出し合って工夫し、その情報を共有していきましょう。それでも解決しないことはたくさんありますが、声をかけ合ったり、励まし合ったりできることは、介護者の心を守り、小さな虐待の芽を摘むことになるでしょう。それでも虐待が起こってしまったら、躊躇(ちゅうちょ)することなく通報しなければなりません。介護のあるべき姿をチームで考え、つくり上げる―それが虐待という最悪の事態を未然に防ぐことにつながるのです。

 

参考:すべて本文中に記載

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