健康寿命を延ばすフレイル予防事業

日本では現在、急速に高齢化が進んでいます。2015年に26.9%だった65歳以上の人口の割合が、2025年には30%となるといわれています。その30%のなかでも、75歳以上の割合が約6割を占めると見込まれており、「2025年問題」として大きな懸念が生じているのです。介護における人材不足も深刻化すると予測されます。政府はこの事態に対し、より多くの人材を確保する体制づくり、AIの導入などの施策を講じています。また、高齢者が自分らしい暮らしを人生の最後の日まで続けられるよう、介護予防・生活習慣病対策の一環として、フレイル対策の推進のための地域の包括的な支援・サービスを構築しています。

参考:25年問題とは|内閣府 

フレイルの概要

フレイルとは、高齢にともなう心身の衰弱した状態のことをいいます。原因には「栄養不足」や「筋肉量や筋力の低下(サルコペニア)」などが挙げられます。そのままにしておくと介護度が上がってしまいますが、ケア次第では身体や認知の機能を回復・維持することも可能といわれています。この時期は介護の面からみると、重大な局面といえるのです。詳しくは「介護予防の新キーワード「フレイル」と自立支援に向けた取り組みとは」 をご参照ください。

健やかであろうと過ごしていても、年を重ねるうちにいつの間にか衰弱は起こります。高齢者自身では自覚できず、衰弱が進行する危険も高いのが特徴です。そのため、フレイルの兆候を早期発見し、早期対応することが必要なのです。フレイルからの回復が不可能になる前に、介護者は被介護者をよく観察し、フレイルの進行を予防するように努めましょう。高齢者の気持ちを明るくさせるような声かけや、会話、社会への参加の意識を高めるような活動の提案など、「栄養」「社会活動」「運動」と多面的に高齢者の生活を充実させるよう、適切なケアが大切になります。

参考:フレイル予防啓発パンフレット|厚生労働省

   予防・健康づくり推進調査|厚生労働省

   介護予防マニュアル|厚生労働省

フレイル予防事業について

厚生労働省は国家プロジェクトとしてフレイル予防に取り組んでいます。2016年に「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定されました。ニッポン一億総活躍プランでは、あらゆる場で、だれもが活躍できる、いわば全員参加型の「一億総活躍社会」の実現がうたわれています。そのなかに「介護離職者ゼロ」に向けた取り組みがあり、「健康寿命の延伸」、「地域共生社会の実現」などが関連する取り組みとしてかかげられています。健康寿命の延伸に向けた取り組みは、元気な高齢者が増加することで介助量が減少し、介護職員の労働環境が改善され、その結果、介護離職者を減少させることにつながると考えられています。そこで、介護防止を目指し、フレイル対策の全国展開が盛り込まれています。

フレイル予防事業の大きな柱は「フレイルチェック」です。理学療法士などの専門職から選出されたフレイルトレーナーが地域で募った住民に養成研修を行い、フレイルサポーターを育成します。フレイルサポーターにはボランティアとして「フレイルチェック」を実施してもらい、フレイルの予防・早期発見に努めてもらうこととなっています。

「フレイルチェック」とは、東京大学高齢社会総合研究機構が独自の研究をもとに開発したプログラムです。足の老化を調べる、簡易チェックシートや、口腔・身体・社会性などを調べる深堀りチェックシートなどを記入することで、参加した高齢者のフレイル予防の意識を高めることが目標となります。また、高齢者の通いの場を設けることで、高齢者が、地域の住民や元気なシニアボランティアなどの協力を得ながら、健康に生活するために活動ができます。さらには、医師会、市町村(保健師・栄養士)、介護施設などが連携することによってより大きな効果が見込まれます。

参考:フレイルチェックについて|東京大学高齢社会総合研究機構 

フレイル予防事業の取り組み事例

厚生労働省は、フレイル予防をすることによって介護予防をする目的として、介護予防事業を全国展開しました。この事業は要介護状態の高齢者の割合を減らし、健康な高齢者を増やすことに貢献しています。そのなかでいくつかの事例を紹介します。

三重県津市美杉地域の取り組み事例

三重県津市は、三重県高齢者医療制度特別対策補助金を活用し、2015年から取り組みを開始しました。保健センターに身近な相談所を設け、保健師、管理栄養士、歯科衛生士が巡回栄養相談・訪問指導で個別栄養支援を行う「栄養パトロール事業」を実施しました。この事業は、民生児童委員、自治会、老人クラブ、ボランティアなどで構成される「地域栄養ケア会議」が連携して取り組み、住民が見守りをするという流れで実施されました。地域のつながりを生かしたフレイル対策といえます。2018年には、「元気づくり教室」というさまざまな出前講座をプログラムに取り入れ、高齢者の集まりの場を提供し、フレイルチェックや低栄養・体調の変化の確認などの個別支援を行いました。2019年には、KDBシステム(国保データベースのことで、検診や医療・介護のレセプトなどのさまざまな観点から比較・分析できるシステム)を活用した低栄養・フレイル予防事業も実施しています。

ドラッグストア(サンキュードラッグ)を起点とした事例

経済産業省の「平成30年度健康授業延伸産業創出推進事業」として、2018年から株式会社サンキュードラッグにおいてモデル的に実施された事業です。ドラッグストアという場を起点とすることで、地域活動への無関心層に対してフレイル対策プログラムを実施することが大きな目標です。この事業では、筋力・栄養・社会性に着眼した教室や、自宅での取り組みのサポート、また、シニアボランティアとしてプログラムに参加してもらうことで就労機会を提供するなど、ビジネスモデルの構築と生涯現役社会の実現を目指しています。プログラムの運営は、薬剤師や管理栄養士などの専門職やシニアボランティアが担い、行政や企業、医師、作業療法士、管理栄養士などの支援のもとで、活動を実施しました。活動内容は、フレイルチェック、健康体操講座や昼食会、脳トレ講座の実施、管理栄養士による高齢者の自宅での取り組みの励ましや、その取り組みが実施できているかの確認などです。また、医療・介護への地域医療提携パスも準備されました。

兵庫県養父市シルバー人材センター連合による事例

兵庫県養父市では、高齢者が歩いて通える徒歩圏ごとに、週に1回のペースでフレイル予防教室(集いの場)を創設することを目標に、2014年から取り組みが行われています。フレイル予防教室の運営の担い手は、シルバー人材センターの会員です。会員が養成講座で「フレイル予防プログラム」を学び、各地に出張して一定期間教室を運営します。特徴は、研修を受けた会員が無償のボランティアではなく、教室運営を有償の仕事として地域に貢献するシステムになっていることです。実際に対価を得る仕事に就いている、というやりがいをつくる意図もあるのです。教室の内容は、運動・栄養・社会面への働きかけに統一化され、会員がセリフを読み上げるテキストが準備されました。また、東京都健康長寿医療センターの研究所の専門職が協働して、紙芝居やお助けボードなどのツールを開発しました。シルバー人材センターの「笑いと健康お届け隊」を中心としてスタートしたこのプログラムは、一定期間後に住民主体に切り替わっても継続性が高く、フレイルの有病率は非参加群よりも参加群のほうが低いことが報告されています。

参考:フレイル対策|三重県津市 

   高齢者の食事と栄養、口腔ケア|公益財団法人長寿科学振興財団

健康寿命を延ばすために

超高齢化社会になると、要介護者が増加することが予測されます。このままでは、大きな社会問題になるでしょう。要因のひとつに、介護者人材の不足が深刻になるという懸念があります。そのような事態に対応するために、高齢者の介助量を減らす面からのアプローチも重要となってきます。フレイルを予防することは介護予防にもつながります。日本全国でフレイル予防事業を活性化することで、高齢者の集いの場が提供され、生き生きとした、一人ひとりの自分らしい暮らしが充実していきます。健康寿命を延ばすフレイル予防事業を、これかも発展させていく必要があるでしょう。

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