ホスピタリティとマズローの欲求5段階説の関係について考える 介護現場で知っておきたい心の動き

ホスピタリティはもてなす側ともてなされる側が互いに認め合い、「ともに喜ぶ」関係が基本です。より良いホスピタリティを実現するには、人間の心の動きによる欲求の変化について唱えた「マズローの欲求5段階説」と対比することで理解しやすくなります。マズローの欲求5段階説の観点から、介護現場に期待されるホスピタリティについて考えます。

 

ホスピタリティは相手の心の欲求を理解することから始まる

介護施設において、利用者の満足度の向上を目指すには、人間力がより問われる時代となりました。そこで、重要とされるのがホスピタリティです。この言葉は一般的には「おもてなし」と解釈されることが多いですが、もう少し踏み込んだ「手厚いおもてなし」や「深い思いやり」も意味します。

利用者に提供するサービスを手厚いおもてなしや思いやりに満ちたものにするには、相手に喜んでもらうことが何か、すなわち相手の欲求を根源から理解することから始まります。そこで大切になるのが、「相手に喜んでもらうことが自分の喜び」と感じられる心です。こうした感性を身につける上で大きな手助けとなるのが、アメリカの心理学者マズローが唱えた欲求5段階説です。

では、ここでマズローの欲求5段階説について説明しましょう。

生理的な欲求から自己実現の目標まで、人間は誰でもさまざまな欲求を抱きます。マズローはこれらの欲求には環境の変化や心の動きによって段階があり、5つの階層のピラミッドとして形づくられるとしました。これがマズローの欲求5段階説で、人間は低い段階の欲求が満たされると次の段階の欲求を持つようになるというのです。この5段階からなるピラミッドは、最下層から頂点に向け、次のように構成されます。

 

第1段階:生理的欲求

生存のために欠かせない、飲食や睡眠、排泄などの本能的かつ基本的な欲求です。

 

第2段階:安全欲求

リスクを回避し、心身ともに健康で安全な環境で安心して暮らしたいとする欲求です。第1段階からここまでの欲求は物質的なもので対応することができます。

 

第3段階:社会的欲求

集団への所属や仲間を求める所属意識や愛情に関する欲求で、この欲求が満たされないと孤独感や社会的孤立につながります。この段階からは物質的なものでは満たすことができません。

 

第4段階:承認(尊重)欲求

他者から評価されたい、集団や組織の一員として認められたい、自信を持ちたいといった欲求です。自分を成長させるモチベーションとなります。

 

第5段階:自己実現欲求

第1〜4段階の欲求がすべて満たされた頂点になる段階で、自分の可能性をさらに広げ、自身の使命や自己実現の達成を目指します。

 

これらの欲求は、どのように満たすことができるかで分類することもできます。物質的に解決できる生理的欲求と安全欲求は「物質的欲求」とするのに対し、心のあり方に大きく関わる社会的欲求と承認欲求、自己実現欲求は「精神的欲求」とされます。

 

生活支援や自己実現に関わるマズローの欲求5段階説

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このマズローの欲求5段階説は、高齢者施設のホスピタリティにどう活かせるのでしょうか? 介護施設に入居した高齢者は、時間の経過とともに気持ちが変化し、ニーズやウォンツも変わってきます。その変化の一例と、日ごろの支援のあり方を対比させて考えてみましょう。

例えば、これまで在宅支援を受けながら一人で暮らしてきた高齢者が、心身の不調から食事の支度ができなくなるなど、自立した生活を送ることがむずかしくなったとします。その場合に発生するのが第1段階の生理的欲求です。そして、施設へ入居することがこの欲求への対応となります。本人も日常生活に負担や不安を抱えていたことから施設に入居し、食事や入浴などの支援を受けることで生理的欲求が満たされます。

しかし、入居から少し時間が経てば、「車イスで安全でスムーズに移動したい」、「転倒しないよう安心して入浴したい」など、安心・安全に生活していくために第2段階である安全欲求があらわれますが、個人の身体の状況にあわせた環境づくりや身体介助の工夫で満たすことができるでしょう。これら2段階の物質的欲求が満たされると、次のニーズは精神的なものへと変化していきます。

その初めとなるのが他者との関係性を求める第3段階の社会的欲求です。スタッフや他の入居者との人間関係ができてくる一方、スタッフへのクレームや入居者どうしのトラブルといった形であらわれることがあります。さらに、施設での暮らしにも慣れ安定してくると、第4段階の周囲に認められたいという承認欲求に移ります。

承認欲求に応えるには、例えば声掛けのときに一人ひとりの入居者をきちんと名前で呼ぶなど、「一人ひとりを大切にしている」ことを基本にしたケアが重要になります。この欲求も満たされると、第5段階の自己実現欲求へと進みます。これは、障害があっても自分のできることを活かし、創作的活動や人の役に立つことをしたいと思うことです。

 

マズローの欲求5段階説を満たす自己実現の事例を解説

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では、高齢者にとっての自己実現はどのようなものでしょうか? その一つに社会活動があります。自治体などを通し、乳幼児の世話や児童の学習支援など、若い世代の子育て支援などを行っている高齢者が増えているようです。また、60歳以上の60%がスポーツや趣味などのグループ活動に参加しています。多くの高齢者がなんらかの活動を通し社会とつながりを持つことで、自己実現につなげていることがわかります。

また、内閣府による2017年の「高齢者白書」では、40%を超える高齢者が生涯学習をしていることがわかりました。美術や音楽など趣味的なものやスポーツが最も多いものの、歴史などの教養、料理などの技能など、その内容はさまざまです。近年は、高齢者だけのe-スポーツのチームも登場し活躍しており、型にはまることのない活動の多様な広がりを見せています。

このような活動は日々の生活にメリハリを与え、生きがいにもなっていきます。自己実現欲求を満たすことは、QOLの向上にもつながるのです。

 

マズローの欲求5段階説を理解し、ホスピタリティに活かす

マズローの欲求5段階説は、介護における各ステージにおいても対象者が必要とするものは何かを理解する上で、きわめて有用な知識です。特に、介護施設で第5段階の自己実現欲求を満たすことは一見むずかしそうですが、まずは本人の意向によく耳を傾けましょう。それがホスピタリティの基本です。

その上で、本人が入所前にやっていたことなど間接的な情報も参考にして、いま希望していることにどう応えていけるかを考えましょう。例えば、「レクリエーションのプログラムに反映させるにはどうすればいいか」といったことです。それが施設としての工夫のしどころとなり、特長となってくるでしょう。また、いきいきと自己実現を目指す利用者をサポートすることは、介護者としても喜びといえるのではないでしょうか。

 

 

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